~京都祇園の町家BARから、ささやかながらの 『ことりーふ』 ~
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最先端の酒場
こんばんは! bar 祇園359のAsanoです!


今回のタイトル 「最先端の酒場」

なんともバーテンダーとしては興味津々。

いったいどれほどの設備が揃っているのだろうかと

ついつい喰いついてしまいます。 


最先端の酒場があるのはアメリカのヒューストン。

テキサスの砂漠のなかに佇むその酒場は

外から見ると、今にも潰れそうな古びた建物。

中に入ると、これまた場末の寂びれたスタントバーといった感じ。

酒棚を見ても、ありきたりなバーボンしか置いておらず、

ここのどこがいったい最先端なのか、まったくもってわからない。

奥の一角では4、5人のグループが瓶ビールを片手に馬鹿騒ぎをしている。

遠路はるばる来て、何も飲まずにすぐ帰るのもしゃくなので、

適当なバーボンをロックで注文。

しばらく、ちびちび飲んでいると、奥で騒いでいたグループの宴が終わり、

帰り支度を始めた。

それを見ていて、ふと不思議に思った。

彼らは誰ひとり自分たちの飲んだ代金を払わずに店を出て行き、

店のマスターはそれを笑顔で見送っているのだ。

彼らがみな帰った後、思い切ってそのマスターに尋ねてみた。

「お金はいいのか?」と。

マスターはこう返してきた。

「実は、彼らは宇宙飛行士。明日宇宙に旅立つんです。

なので、もしかしたら今夜は彼らにとって、地球最後の乾杯になるかもしれない。

これから死と向かい合わせの任務に就こうとするんだから、誰だってコワい。

酒でも飲まないと寝れやしいんでしょ。

でも彼らだって、安酒のツケも払わずにあの世に行くわけにもいかないからね。

だから、代金は彼らが無事地球に帰ってきたら、払いに来てもらう。

そうしているんです。」


この言葉で今までの疑問がすべてクリアとなった。

彼らが代金を払わなかったのは、このマスターの粋な計らいであり、

そして、「最先端の酒場」とは、酒場自体が最先端なのではなく、

酒場に来る客が最先端の仕事に就く人達なのです。


実はこれ、最近読んだ、小山薫堂さんの「フィルム」という短編小説集の

中のひとつなんです。小説の中のタイトルは英語で「アウトポスト タヴァーン」

今回はその内容を私なりにだいぶ端折って、多少アレンジさせてもらいました。

この物語を最初は冒頭のように「最先端」という言葉につられて、

読みだしたのですが、読み終えてみると、何よりもこのマスターの粋な計らいに

同業者として、深く感銘を受け、勉強させてもらったように思います。


世の中の文明技術がどれだけ進歩していっても、

人の心を癒すものは、いつまでもいたってシンプルなもの。

そして、もっとも最先端なところにあるのは、

このマスターのような人を思いやる気持ち=心

なのかもしれません。

2010-06-23 Wed 20:15
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人が北へ向かうとき
こんばんは!bar 祇園359のAsanoです!

突然ですが、みなさん!日本の1番北の島って

ご存知ですか?

北海道本土の最北端、稚内からさらにフェリーで2時間

揺られた先にその島はあります。

島の名前は「礼文島」

すぐ下に利尻富士や利尻こんぶなどで有名な利尻島という島も

あるのですが、こちらのほうがよく耳にする方も多いかもしれませんね。

礼文島は別名「花の島」と言われ、海抜0mからエーデルワイス

などの高山植物が咲き、自然のとても豊かな島です。


私も以前その島で数ヶ月暮らしておりましたが、

うにや鮑など海の幸が豊富で

天気のいい日は海の向こうにロシアが見え、

海岸沿いからは肉眼であざらしを見ることもできたり、

夕暮れ時には町全体がオレンジ一色に染まり、

海沿いの道を車で走っていると、まるでオレンジの絨毯の上を

走っているかのような美しさでした。

ほんとにここは日本なのかと思ってしまいます。


しかし、その一方でよく言われていたのが、

人生に行き詰った人々が集まってくる場所でもあると。

人って、そんなときどこへ向かうのか?

やはり南というより北だという気がします。

「北」という漢字も左右の部が共に背を向けていることから

「逃げる」という意味合いもあるそうです。

あっ、別に当時の私はそんなつもりで行ったわけでは

ないので!あしからず! (^^;


バーテンダーとなった今、考えるとそのような場所にこそ

BARが必要ではないかと思うのです。

アメリカの古い言い伝えにこんな言葉があります。

「人が行き詰まり自ら自分の命を絶とうとするとき、

最後に話し相手に選ぶ人間は二人。

一人は牧師。そしてもうひとりがバーテンダー。」


懺悔をするか、はたまたBARで自分自身と静かに向き合うか。

もし、そんなお客様が来られたら、正直そんな面倒なお客様は御免だと

言いたいところですが、バーテンダーとして

自分のお出しする一杯で気持ちがかわるかもしれない。

何か気持ちをかえることのできる一言があるんじゃないか。

そう思わずにはいられません。


明るい話から一気に暗い話なってしまいましたが、

世の中には「陽」もあれば、「陰」もあります。

その狭間で時に自分を偽り、時に自分を誤魔化しながらも

精一杯生きている人々、そしてまた頑張ることに疲れた人々。

その方々の心を少しでも休めて頂くために

BARがあり、そしてそこにバーテンダーがいる。

オーバーかもしれませんが、そう思います。






2010-06-12 Sat 21:53
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刻みし白川の流れ
こんばんは! bar 祇園359のAsanoです!

いつも通っている白川沿いの道、先日ふと目に留まった

ものがありました。

DSCN1114_convert_20100606010239.jpg

ここに書かれているのは

「かにかくに 祇園はこひし 寝(ぬ)るときも

枕のしたを 水のながるる」



俗称ですが、「かにかくにの碑」と呼ばれ、

芸妓さんや舞妓さんの中では知らない方はいないほど

祇園では有名な歌だそうです。

言われてみれば、お店の名前やお祭りなどに

この「かにかくに」という言葉がついていたりしますが、

実はこの歌からきてたんですね!


「かにかくに」というのは、「とにもかくにも」という意味で

全体を通して

「とにもかくにも祇園が恋しい。眠りにつくときでも

枕の下を白川の水の流れる音がする」

といったニュアンスになるのでしょう。

この作者は吉井 勇という方なのですが、

この方、よっぽど祇園がお好きだったんですね!


この白川沿いの石畳の道は昭和20年頃まではなく、

そこにはお茶屋さんが立ち並んでいたそうです。

その中に 『 祇園白川に「大友」あり 』

と言われるぐらい有名なお茶屋さんがあり、

当時、この「大友」には夏目漱石や谷崎潤一郎など

多くの著名な作家や歌人、画家が訪れていました。

吉井勇という方もその中のひとり。

この歌碑は昭和30年、彼の古希の祝いにその「大友」の
                 
あった場所に谷崎潤一郎ら数名によって建立されました。 
 
※古希…数え年で70歳


こうやって改めて思うのは、京都というのは

ちょっと目を凝らせば、ほんと街のあちこちに

歴史の足跡を辿ることのできるものがありますね。

皆さんも祇園白川にお越しの際は、この石畳を歩きながら

文人たちの粋を感じてみてはいかがでしょうか。

白川の流れの音もどこか風流なものに聞こえるかもしれません。


とまぁ、偉そうなことを言いながら、私自身まだまだ若輩者です!

ただ、いつの日か

『 祇園にbar 祇園359あり!』

そう語られるときが来るような

そんなお店を目指し、日々を精一杯頑張ろう!

そう想う今日この頃です(^^)





2010-06-05 Sat 21:52
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